奈緒美のイタリア便り

No145
(2021年5月)

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Ciao a tutti!
皆さま、お元気でお過ごしでしょうか。
なんと5月も終わり・・2021年も前半最後の月になりますね。
こちらの学生たちは正に学年末です。
私の住むウンブリア州の小中高校は6月9日が終業日で、その後中学3年生と高校5年生は
卒業試験
(高校5年生はマトゥリターと言う国家試験)が待ち構えています。
来年は我が長男ジュリアーノがその立場。昨年に引き続き今年度もほぼリモート授業で、実験や研修的なものがほぼ壊滅的でしたが、来年は”普通”に卒業試験を迎えられる様になっていて欲しいものだとつくづく思う今日この頃です。
さて、今回はタトゥーと注射の話をしたいと思います。
まずタトゥーの話から。
イタリア在住30年の私ですが、日本人である事に誇りを持っており、日本人的習慣や思想はそう簡単に手放せません(笑)。そんな私からすると、例えファッション的なタトゥーだとしても、それを好意的な目で見る事が難しいのが本音です。日本ではコロナ前の割と最近、ラグビーのW杯で世界中の選手や観客が来て、受け入れ側の公共施設での許容問題が話題になったのが記憶に新しいですね。
イタリア人も、モットーとする言葉やシンボル、恋人の名前や子供の名前などを身体に刻みたがる人が多い様です。
下世話ながら、その時の勢いで恋人やパートナーの名前をタトゥーにするのはお勧めしません。残念ながらその時は信じていても、決して不変という保証はありませんからね(苦笑)。
実は、長男ジュリアーノは今年6月30日で18歳。イタリアでは成人です。同級生が続々と成人となっていっています。
成人すれば全ての決断を親の同意無しで出来るようになります。学校欠席に関しても、成人した途端に自分で欠席届を提出すれば済むのです。勿論タバコやお酒も法律上認められます。
確かにこちらの子供達を見ていると、18歳というと見かけはかなり大人っぽく見えるのですが。
ちょっと前書きが多くなりましたが、実は、成人した途端にタトゥーを入れた友達が身近にいます。二人とも胴体はかなり大きく!一人はアーティストの父親と妹が共同でデザインした狼だとか。私は実際に見たわけではありませんが、ジュリアーノが聞いた話によると、あまりの痛みで今後タトゥーを入れるかと言われたらキッパリと断る”!と。
私の驚きはそこよりも、父親もデザインに参加していると言う部分(汗)でした。
もう一人は以前住んでいたトスカーナでの友達で、ママ友で今でも繋がっている母親から私に直接連絡が来ました。息子くんがベッカムの様なタトゥーを入れたいと。 但し、ベッカムは漢字(私には読解不可能な漢語らしき文)だが、息子くんは日本語で入れたいので、タトゥーにしたいイタリア語の和訳を頼まれ、さらに毛書の様な字体で送って欲しいと言う事だったのです。 イメージ的には万葉集のカルタのような。多分そんなイメージと言うとご理解いただけるでしょうか。その文章というのが、”家族とは大切なものの一つなのではない。全てなのだ”という内容で、その長さに思わず”え〜?と思ったのですが、18歳にして身体に刻みたい言葉とは思えない・・・と正直びっくりしました。
しかも、それをいくら成人したとは言え、バックアップしようとしている母親であるママ友にも
驚きです。とは言え、本人も母親もその気になっているのに、私個人の意見を述べるのはどんなものかと、イタリア在住のお友達数人に和訳の調整も含めて相談したところ、返ってきた言葉は見事なまでに大反対の意見で、友達なら日本に行った時に公共施設が使えなくて困るから辞めた方が良いと助言するべきだと言う声に加えて、第一日本語でのそんな内容のタトゥーを見て、日本人は賞賛しないのではないかと言うのでした。
家族を大切に思う気持ちを賞賛しないのではなく、それをわざわざタトゥーにしていると言う事。そこで考えさせられるのは、イタリア人と日本人の道徳感的なものの違いでしょうか。
イタリアは兎角家族ファースト。家族や親戚の結束は強く、何より大事と言う姿勢は暗黙の了解の様な感じです。 ところが、日本はどちらかというと、それを表に出さない様にする。仕事の場に家族を持ち出さないとか、お友達の言葉を借りると"今も根強い侍精神"なのだと。
それをまた、18歳の青年がタトゥーに選ぶ言葉にしては落ち着きすぎていると言いますか。例えば必勝とか全力投球とか、それももしかしたら昭和の感覚かもしれませんが(笑)、でもそんな言葉ならあり得なくもないと思うのですけれど。
散々悩んだ挙句に正直にママ友に話をしました。日本でのタトゥーに対する認識や、公共施設に入れない事(絆創膏で隠すことが出来るほどの大きさではないですし)、また、日本人感覚として、家族を大切にするのはとても素晴らしいけれども、それをわざわざ表示する文化が未だないと言う話。でも、ママ友がその旨息子にその話をしても気持ちは変わらず、ただ確かに長すぎる文章を短くすると返事が返ってきました。数日前に施術を終えて身体に刻まれてきたのは、”家族は命の源”です。これをこの後一生抱えていくわけですね。自分自身が納得できないものに手を貸してしまった私自身、複雑な思いではありますが、本人は極めて満足しているとの事なので、その息子くんのこれからの生涯の原動力となる事をただただ祈りたいと思います。
 注射の話・・は、
私がとうとう注射うちデビューをしたと言う話です(笑)。
イタリアに住み始めた当時、スーパーで普通に注射器が売っているのを目にしてとても驚きました。その後、何故ならそれは自宅で接種する事が多いためで、イタリアでは必要があれば、普通に家族内で注射を打つのだとしり、更にびっくりしたのでした。

糖尿病の人はご自分でインスリンを打つ事を知ってはいましたが。ご近所でウォーキング仲間の一人であるマリアは、彼女の母親が必要としていたので、11歳の時からの注射打ちキャリアがあるそうです。で、最初は彼女を呼んでお願いしていたのですが、何せ夫がそれでも仕事に行かなければで朝5時半には出ていた為、その前に彼女にきてもらうのも申し訳なく、彼女の打ち方を良く観察し、また動画を検索して(今の時代、なんでも紹介されていますね)、最初は夫も思わず声をあげるほど痛みを感じたらしいのですが、毎日打つ事で私も腕を上げ(笑)堂々と打てる様になりました。

因みに、1ヶ月ほど前に庭仕事でスコップを使って我が家のコンクリートの様に硬い土質のところを掘ろうとして、いわゆるぎっくり腰となったのです。元々職業柄ヘルニア持ちで手術も昔したことがある所に、大激痛だった様です。痛み止めに炎症止め、それでも良くならずに副腎系ホルモン剤の投与を必要としたのでした。それでも改善されずに結局仕事を代わってもらい。やっと3日前に予約が取れてスキャンを終えたところです。これから専門ドクターによる診察をしてもらわなければなりません。イタリアは分業のために本当に時間がかかるのが困りものです。次回のイタリア便りでは、すっかりよくなっている事をご報告できるように祈ります。
では、皆さまもどうぞお体ご自愛くださいませ。
Ciao alla prossima!
イタリア・アッシジから奈緒美でした。